CTOの伊藤(島根大学)です。
3日連続で『WheeLog! の基本コンセプトと「走行ログ」』と題した記事を掲載します。今回は2日目。「走行ログ」について取り上げます。
- 第1回 WheeLog! の基本コンセプト
- 第2回 人間の欲求と走行ログ
- 第3回 今後のWheeLog!
第2回 人間の欲求と走行ログ
これまでのバリアフリーマップの中には,たいへんよくできたものが多いです。地道に足で稼いだ精密な情報を掲載したものがフリーで配られています。媒体は紙のものからそれをPDFや画像にしたもの,さらにはアプリになっているものまで様々です。
もっとも多いと思われる紙ベースのものは,以下のような問題がありました。
- 現地まで行かないと手に入らない
- そもそもその存在を知ることができない
- 古い情報のまま
- 掲載されているエリアがとても狭い
手軽で使いやすい紙ベースのバリアフリーマップですが,離れたところから来る人にとっては使いにくいケースが少なくないのです。では,デジタル化されているものはどうでしょうか。PDFや画像になっているものもデジタル化と言えますが,たいていの場合は紙ベースのものと内容は同じです。ここでは,アプリになっているものを例にして述べます。
アプリになっているものでも,以下のような問題があります。
- (アプリなのに)地域限定のものがある
- 操作がわかりにくいものがある
- おもしろくない/達成感がない
- (通信アプリなのに)ユーザー間でコミュニケーションが取れない
- 過疎ってる
きっちり作られたシステムであっても,どうしても使い続けにくいものが多いのが現状です。せっかくやる気満々で使いだしても,どこか孤独で物足りないという現実。よくデキたシステムなのに,閑散としてどう使っていいのかわからないというのがアルアルでしょう。
ところで,われわれは人間として何を求めどんなことに幸福を感じるのでしょうか。それをうまく構造化したものとして有名なのがマズローの欲求5段階説です。生理的な欲求から自己実現するまでの5段階を定義しています。確かに納得できるしくみ。
となれば,バリアフリーマップアプリだってこれに合わせるのが得策というもの。ゲーミフィケーションとともにうまく具現化できれば,どんどん使ってもらえるアプリとなるに違いありません。
WheeLog! では,アプリではどうにもできない生理欲求などは除いて,社会的欲求・尊厳(承認)欲求および自己実現欲求を充足できる仕組みをベースに各機能を構成していきました。
これらの欲求については,以下のように説明されています。合わせて,WheeLog! の機能などがどれにあたるのかも記載してみます。
- 社会的欲求
自分が社会に必要とされている、果たせる社会的役割があるという感覚。情緒的な人間関係についてや、他者に受け入れられている、どこかに所属しているという感覚。
- 新しく見つけたスポットや自分の走行ログを投稿する
- つぶやきやコメントでのやりとり
- WheeLoggerになる
- マッピングパーティー(イベント)参加による仲間づくり
- 尊厳(承認)欲求
自分が集団から価値ある存在と認められ、尊重されることを求める欲求。
- 投稿した情報への謝意や「いいね!」
- つぶやきやコメントでの賛意
- リクエストへの回答とそれへの謝意
- 月例ランキングへの登場
- 自己実現欲求
自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないという欲求。
- バリア&バリアフリーの情報集積による社会改善
- (その他、個人の目的による)
WheeLog! には,バリアフリーマップアプリには珍しくコミュニケーション機能を取り入れました。それによりユーザー間のやりとりが発生し,その流れでスポットや走行ログの投稿などが促進されています。コミュニケーションの主なネタとしては,スポット情報やつぶやきの内容そのもの,さらにはアプリ機能の不満などです(^_^;)
大事なのはユーザーの能動的な動きであり,それがユーザーのアクティブ率(アプリ使用率)を増加させ,結果的には本来の目的である情報の投稿へとつながるのです。各機能が有機的につながり,ユーザーが機能間を回遊した記録は,ゆくゆくはアプリの改善に役立つ情報となるでしょう。
これまでのバリアフリーマップアプリのほとんどは,情報を集積することに特化していました。本来の目的を考えればもっともなのですが,ユーザーが使い続けるには問題があります。一部には,ユーザー間で投稿数を競う仕組みを持っているものがあります。しかし,コミュニケーション機能が十分ではなく,社会的欲求が充足されにくいものです。
そこで,WheeLog! では人間の欲求をアプリの機能で充足できるように,各機能を戦略的に組み合わせることで自己実現欲求の充足へのアプローチを試みています。WheeLog! の屋台骨となるコンセプトは,前述のとおりマズローの欲求5段階説をベースとしています。同時に,各機能はバリアフリーマップ投稿アプリとしての確かな動作を実現しています。
まだまだ不十分な点はありますが,より楽しく長く使い続けられるアプリを目指して改良を重ねていきます。
バリアフリーマップとしての機能のうち,WheeLog! を特徴づけているのは「走行ログ」機能です。車いすユーザーが外出するということは,紛れもなく移動をしていることに他なりません。移動において問題になるのは,「目的地までの道のりは車いすで走行できるのか?」ということです。外出の多い車いすユーザーなら経験的にどこが通れてどこが危険なのかよくわかっています。つまり,どう通っていけばよいのか分かっています。
これらの個人に蓄積されてきた経験を定量化して集積し,一覧性を持ってみることができれば,ユーザー全員に有用な参考情報となることでしょう。しかし,個人に蓄積された経験を誰かと共有して可視化するのはたいへん困難なことです。少なくとも10年前までは。紙ベースであれば,個人的に記録していくこと自体が大変ものですし,さらには多くの人の経験を共有するというのはほとんど無理でした。
状況が変わったのはこの10年。スマホが一気に普及してGPS機能が実用できるようになったことが最大の要因です。そして,この数年で,携帯基地局を使った測位も一般化し,GPSだけでは困難な場所でも位置情報を取得できるようになりました。もはや,これを使わない手はありません。
そこで,WheeLog! では簡単なスマホの操作で走行ログが自動的に記録できる機能を用意しました。ユーザーの移動はGPS情報から定量化して走行ログの生データとします。生データをきれいに整え(正規化)て全員分をごっそり集め(集合化),みんなで見られる(共有化&可視化)ように地図上に表示します。あなたの「行けた!」はもちろん,みんなの「行ったぜ!」「行けた!」や「行ってみた!」が地図上にわかりやすく表示されます。
少ない走行ログだけでは不確かな情報に過ぎませんが,たくさん集まることで「確からしさ」が増していきます。通れる道にはより多くの走行ログの記録が,逆に通れない場所には記録がほとんど残りません。結果として,よりたくさんの走行ログが記録されている道を通るのが安全であることがひと目でわかるのです。
中にはエクストリームな人が,通常であれば車いすで通れない道を通ってしまうことがあるかもしれません。それはそれで「信じられない!」と驚いて楽しみましょう。そういう変な人がいてもいいのです。多様性が可視化できるのも走行ログの機能の一つです。
ちなみに「走行ログ」自体のコンセプトは新しいものではありません。この種の機能をもっとも有名にしたのは東日本大震災のときに活用された「通行実績」でしょう。自動車メーカーが独自に,車が通ることのできた道を地図上に重ね合わせて表示させました。
地震は,がけ崩れによる通行不能のみならず,地割れや津波による冠水などさまざまなトラブルで通行できない状態にしてしまいます。現地に行ってみなければ分からないことが多いものです。どの道が通れるのかを調べるには,車が実際に通ることができた道を記録することがもっとも効果的。ちなみに,トヨタの「通れたマップ」は同様に通れた道を可視化してくれます。震災時にメーカーが一時的に提供したものではなく,ユーザーがアプリとして使えるものという点で異なります。
上記のものは,一度もしくは少数の車が通れた道であれば「通れる」という評価をします。なぜなら,車の規格はおおむね決まっているからです。乗用車を対象にしているのなら,1台の乗用車が通れれば他の多くの乗用車は通るのです。
一方で,車いすの場合は個別性が強く,手動なのか電動なのか,大きさ・重さや形など実に多様であり,通行できる道にも大きな違いがあります。つまり,通れる道を評価するには乗用車のそれよりも多くの情報が必要なのは明らかです。WheeLog! では,ユーザー登録時に車いす型式の入力が必要というのは,そういうことなのです。
他システムの「走行ログ」の利用でよく用いられるシーンは,ランニングやツーリングの記録でしょう。多くはプライベート用であり,走行ログを公開できるとしても他の人の記録が一緒に表示されることはありません。WheeLog! の走行ログ機能と極めて似ているものですが,集合化して共有化&可視化する点において大きく異なるのです。
アプリを公開して約9ヶ月。たくさんの走行ログが集まっています。熱心なユーザーを中心にして,スポット情報のみならず,走行ログの投稿も日々行われています。サーバー容量が想定よりも早く無くなりそうなのは嬉しい悲鳴。
走行ログの表現としては,よく通る道は濃い色となります。本来はヒートマップのように多色での表現をしたかったところですが,技術的な制限でこのようになりました。
上図左の横浜の地図をみてください。関内駅から山下公園にわたって濃密な走行ログが確認できます。桜木町駅から横浜美術付近にもたくさん走行した記録があるので安心してこの付近に行けそうです。中華街を回遊した様子も確認できます。大桟橋の先端まで伸びた走行ログも。きっとよい景色を眺めることができたのでしょう。私たちもついつい行ってみたくなります。
新宿はご存知のとおり立体交差が多く,GPSを使う走行ログ機能にとっては厳しい環境です。そのような環境でも,実にたくさんの走行ログが残っています。よく見ると,新宿駅の東西移動は南口を通る記録が多いことがわかるでしょう。最近になって甲州街道が整備されたのは大きな要因でしょう。屋外移動のためデータが集まりやすいという理由もありそうです。合わせて,バスタの開設や各種百貨店の開店などで賑わっている証ともいえるでしょう。つまり,この一帯は車いすユーザーが自由に回遊できるということが見て取れるのです。外出を控えていた人も,これを見れば外出する勇気が湧くかもしれません。都庁やハイアットリージェンシー付近も濃密な記録が残っていますが,その理由はわかりません。その理由を勝手に想像するのもWheeLog!の楽しみのひとつです。
たくさんの走行ログが記録された地図からは,車いすユーザーが行きやすいエリアやその道のりはひと目で推測ができます。そこに行く理由が想像できないこともありますが,現地に思いを馳せてみるのも面白いかもしれません。ただの散歩かもしれませんね。でもいいのです。車いすで「行けた」ことは確かなのですから。きっと,それを見た誰かは,誰かが通れたのなら「行ってみたい」と思うことでしょう。
WheeLog! の走行ログ機能は,ユーザーの日常的な移動記録がそのまま誰かの役に立ちます。特別な操作は必要なく,ただアプリを起動して走行ログ機能をONにするだけ。そして,用事が終わったらOFFにするだけ,「行った」記録が集合化され共有化&可視化されます。
以前,私のブログではWheeLog!について以下のように表現しました。そう,データの集合体は元気玉のようです。
ドラゴンボールの元気玉のように,みなさんからの少しずつの情報がとてつもなく大きな経験の集合体になることでしょう。
生命体のように代謝のある生きた巨大な情報の集合体。
CTOの私としては,このアプリがバリアフリーを耕すデジタルの鍬になれたらと考えています。
テクノロジーが車いすユーザーの自由の獲得につながることをイメージしながら。
もちろん,現在の機能は完成版ではありません。みなさんの要望を聞きつつ,どんどん改善していく予定です!
伊藤史人
2018年2月17日
松江駅前の安いビジネスホテルにて
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