目次
はじめに

2025年12月から2026年1月にかけて、台湾南部の屏東(ピンドン)県、および北部の台北市を訪問し、台湾における最新のバリアフリー対応を視察してきました。
シリーズ最終回となる本レポートでは、街歩きの要となる「歩道の段差解消」と、生活に密着した「小規模店舗・公共施設のバリアフリー」について、詳しくお伝えします。
歩道の段差解消(歩道平坦化プロジェクト)

台湾の街並みを象徴する風景の一つに「騎楼(チーロウ)」があります。これは建物の1階部分を奥に引き込み、軒下を歩道として開放したもので、いわば「ビルと一体化したアーケード(屋根付き歩道)」です。
この空間は、強い日差しや突然の雨を避けられる台湾の知恵が詰まった場所ですが、実はその土地自体はビルの所有者の「私有地」となっています。そのため、かつては建物ごとに床の高さが異なり、境界部分にはあちこちに段差があるのが当たり前でした。

本来、私有地である騎楼の修繕はオーナー個人の責任です。しかし、床の高さがバラバラな状態は、高齢者や車いすを利用する方、ベビーカーを使う親御さんにとって大きな障壁となります。
そこで台湾政府は、たとえ私有地であっても「公共の道路」としての機能を優先し、公費を投じて段差を解消する改修工事を代行する決断を下しました。これが、大規模な政策「騎楼整平計画(歩道平坦化プロジェクト)」です。


具体的には、自治体が所有者の同意を取り付けた上で、隣接する建物との境目をスロープ状に改修したり、滑りやすい古いタイルを安全な素材へと張り替えたりする作業を順次進めています。あわせて、新築ビルには隣の建物と床の高さを合わせることを義務付けるなど、法的な規制とセットで街全体のバリアフリー化を図っています。






実際に今回、台湾の街を歩いていると、8年前に訪れた時よりも段差が劇的に少なくなり、格段に歩きやすくなっていることを肌で実感しました。私有地と公道が混ざり合う特殊な空間において、政府が粘り強く介入し、誰もが安心して歩ける環境を整えようとする台湾の姿勢に、とても感動しました。
九份(ジョウフェン)の傾斜サイン


急な坂道や階段が多い観光地の九份でも、安全のための配慮が見られました。
九份の傾斜路には、注意を促すためのペンキを塗る対応が取られており、こちらも8年前に訪問した時から改善されていました。物理的な構造をすぐに変えることが難しい歴史ある場所においても、視覚的なサインという「今できる最善の対策」を講じることで、利用者の安全を確保しようとする実用的な工夫が印象的でした。
九份老街:https://app.wheelog.com/map/custom/user/webMap?spotId=7110
小規模店舗・公共施設のバリアフリー:日本を上回る厳格な法的基準

台湾のアクセシビリティを支えているのは、「身心障礙者權益保障法(障害者権利保障法)」に基づく厳しい法的強制力です。特に、バリアフリー化が義務付けられる「公共建築物」の対象範囲が、日本と比較して非常に広く設定されている点が大きな特徴です。
日本のバリアフリー法では、適合義務が生じる建築物の多くは延べ面積2,000㎡以上であり、それ未満の規模は「努力義務」に留まるのが一般的です。対して台湾では、民間が運営する施設であっても不特定多数が利用する場所は「公共建築物」と定義し、より生活に密着した中・小規模な施設から「義務」の網を広げています。
1. 飲食店:300㎡(約90坪)以上で義務
【対象】レストラン、カフェ、居酒屋、食堂など
街中の一般的なレストランや少し広めのカフェがこの基準に該当します。日本では2,000㎡未満は「努力義務」とされることが多いですが、台湾ではこのサイズから段差解消や車いす対応トイレの設置が「義務」となります。
レストラン・カフェ






2. 小売店・クリニック:500㎡(約150坪)以上で義務
【対象】スーパー、コンビニ、小売店、診療所(クリニック)、マッサージ店など
生活に欠かせないコンビニや地域のクリニックも、500㎡を超えれば義務化の対象です。日本の基準(2,000㎡)と比較すると、4分の1の規模から厳格なルールが適用されています。
コンビニ




小売店


クリニック

3. 規模に関わらず「原則すべて」が義務の施設
以下の施設は、公共性が極めて高いとされ、建物の大きさにかかわらずバリアフリー対応が必須とされています。
- 金融・官公庁: 銀行、警察局(交番)、役所、事務所
- 宿泊施設: 一般ホテル、観光ホテル、旅館
- 文化・展示施設: 図書館、美術館、博物館
銀行


交番




ホテル


文化・展示施設


当事者の声と残された課題


一方で、今回の視察中、現地の当事者団体との交流では「小規模店舗のバリアフリーはまだ道半ばである」という課題も挙げられました。 面積基準を下回るさらに小さな個人経営の店舗や、歴史的な古いビルなどでは、依然として入り口の段差が解消されていないケースも見受けられます。このように、台湾も決して完璧な状態ではなく、現在進行形で改善を進めている途上であるという実態もあります。
しかし、8年前に訪れた時よりも着実に段差解消は進んでおり、法的な後押しによって「誰でも利用できる店」の選択肢が広がっていることを肌身で感じました。
さいごに

全4回にわたり、台湾の最新バリアフリー事情をお届けしてきました。
今回の視察を通じて最も強く感じたのは、台湾のバリアフリーが決して「自然に」進んだものではないということです。私有地の段差を公費で解消する決断、そして日本よりもはるかに厳しい面積基準で小規模店舗に義務を課す法制度。そこには、「バリアフリーは恩恵ではなく、誰もが等しく持つべき権利である」という行政の強い意志と哲学がありました。
もちろん、当事者の方々が話してくれたように、すべてが完璧なわけではありません。しかし、行政が明確な基準(ハード)を示し、民間が質の高い運営(ソフト)を行い、そして歴史的な場所では今できる工夫を尽くす。この積み重ねによって、8年前よりも確実に「誰もが排除されない街」へと進化していました。
「2,000㎡の壁」によって多くの生活拠点が努力義務に留まっている日本の現状において、台湾の「300〜500㎡ルール」や歩道平坦化の取り組みは、私たちが真の共生社会を目指すための極めて具体的で重要なヒントになります。
「行きたい時に、行きたい場所へ」。今回の視察で得た確信と知恵を糧に、私たちウィーログも、誰もが自由に移動し、心から楽しめる社会の実現に向けて、これからも活動を加速させていきたいと思います。

